11月14~15日 訪韓闘争 報告

11月14日ソウル市庁広場前で集会に参加

11月14~15日、訪韓闘争に参加してきました。今回は、7月に結成した中部ユニオンとして、ノボリと腕章をつけての初参加です。今年の訪韓団の人数は106人。青年労働者も多く、11・1労働者集会の息吹をそのまま韓国に持ってきたような感じでした。

14日の「チョンテイル精神継承2015労働者大会」は、広大なソウル市庁舎前広場を労働組合の大隊列が埋め尽くし、市庁舎前広場に向かう道路も労働者が完全に制圧して闘われ、結集した人数は15万人、これまでの労働者大会の中でも最大の規模ではないかと思います。この日は、夜10時頃まで、ソウルの中心部の道路交通は全面ストップ、労働者だけでなく、農民、学生が街を占拠し解放区になりました。 民主労総の圧倒的な力をパククネに見せつけた、ものすごい闘いです。日本でもこのような闘いをやりたい!と強く強く感じました。 民衆総決起闘争本部のスローガンは、「パククネ政権退陣、労働改悪中断、主食用米輸入阻止/TPP反対、露店摘発中断、障害等級制、扶養義務制度廃止、歴史歪曲、歴史教科書国定化計画廃棄」など労働者階級として死活がかかったすべての課題です。

↑発言するハンサンギュン委員長

 14日の大会当日の朝9時、11・1集会に参加した民主労総の女性組合員のKさんが、私たちの宿泊するホテルに来てくれました。朝5時に出発するKTXに乗りウルサンから2時間半かけて、西部ユニオンの北島さんを訪ねてホテルにかけつけてくれたのでした。それから夜の食事まで、私たちと一緒に行動してくれたKさんは、日本の仲間と話したいという強い気持ちで1年間徹底的に日本語を学習したといいます。その熱い気持ちに接し、共にたたかう仲間であることの喜びを痛感しました。

 

11時、ソウル市庁舎地下で、訪韓団の意志一致を、動労千葉の田中委員長から受けました。そこで、民主労総ソウル本部が私たち訪韓団のために特別に作ってくれた赤いゼッケンと、キンパ(韓国ののり巻き)、座り込み用クッションの差し入れをいただき、民主労総ソウル市庁舎支部の組合室で、組織部長から当日の行動方針について提起を受けた上で、大会にのぞみました。

市庁舎前広場には、集会開始の2時間も前から、お揃いの鮮やかなピンク色の帽子とピンク色のカッパを着た学校非正規職労働者の大隊列が独自集会のために集まっていました。とにかくものすごい人数、ほぼ全員が女性です。

↑臨時教職員の労働者の大体列

 訪韓団は、市庁舎前広場前の路上、ソウル本部の隊列の最前列です。時々雨がパラつく悪天候をものともせず、続々と労働者が結集し、道路はまたたく間に埋め尽くされていきました。私たちが座り込んでいる道路は、後ろがどこまで人が座り込んでいるのか、見えないほどの人数です。広場に面した30階以上ありそうな高層ビルの上に、豆粒ほどの大きさに見える二人の労働者が、巨大な横断幕を掲げています。ハングルが読めないのがなんとも悔しい思いです。

↑高層ビルがら横断幕

 

↑同上

 午後2時半から、大会が開始されました。ステージの状況は、私たちの正面にも設置されている巨大なスクリーンに映し出され、クレーンにつるされた、これもまた巨大なスピーカーから音が発せられて、どこにいても集会の内容がわかるようになっています。

律動、鉄の労働者、寸劇などが展開され、闘いに倒れた仲間への追悼、ニムのための行進曲などを歌ったのち、集会のクライマックスは、最後のハンサンギュン委員長の激烈なアピールでした。発言では「今日は夜まで1日、ソウル市内を労働者のために解放しよう!」と力強く呼びかけ、参加者は最大限の歓声で応え、実際その通りの行動となりました。

↑律動 「鉄の労働者」を歌う

 集会後のデモは、青瓦台(大統領府)の前にある光化門に向かって、何コースかに分かれてデモで肉薄するという計画でした。訪韓団のデモ隊は、ソウル本部の指示に従い光化門までは行かずに解散しましたが、最前線では、阻止線を張る警察と激しい衝突となり、放水、ペッパースプレーとの闘いが7時間にもわたって繰り広げられ、農民がひとり、胸に放水の直撃を受けて危篤状態にあるということでした。

↑11月14日、デモの後夜までソウル中心部は解放区に

↑「農民も国民だ」の横断幕を持つ農民部隊

 解放区となったソウル市街では、至る所で労働者が組合ごとにデモしたり、路上に座り込んで独自集会をしています。大学旗を掲げた学生の団体もいて、農民の団体ではトラックの荷台の上で、言葉がわからないながら怒りがビシビシ伝わってくる激しいアジテーションをしていました。「農民も国民だ」の横断幕を持っている人に挨拶したところ、片手で「パククネ」、もう片方の手で「アベ」と言いながら、両方手の指で地面をさして「両方やっつけよう」とアピールしてくれ、笑顔と握手で連帯の気持ちを交換しました。そこには、マスコミの煽る対立感情などみじんもなく、心からがつながっていることを感じました。

↑ギター製造のコルト売却に抗議のハンスト40日目

 翌15日、10時に国会議事堂前駅に集合し、コルトコルテック・ギターの不当解雇撤回を求めて、セヌリ党(政権党)前のビニールテントで、ハンスト闘争中の現場を訪問しました。高齢の金属労組・コルト楽器支会長はハンスト40日目で厳しい健康状態にありながら、私たちに連帯の挨拶を送ってくださいました。9年前、コルト資本は突然、工場閉鎖に伴う大量整理解雇を強行、解雇者は2009年から代執行で排除されるまで4年以上、水も電気もない閉鎖された仁川の工場で座り込みを続けるなど果敢で不屈の闘争を続けてきました。

発言に立ったパン支会長は、「解雇された労働者の子どもたちは中学・高校生になったが、解雇された父親は、子どもを育てられない大変つらい状況に置かれている。このようなことを財閥や政治家は知っているのか!労働法改悪は絶対に阻止しなければならない。昨日の闘争(11/14)は、労働者も市民も一緒に闘った。日本でも10万人が立ち上がったことに感銘を受けた。日本の労働者・市民も平和を願っている。日本と韓国の仲間はひとつになって闘おう!」とアピールされました。道路の前では、セヌリ党本部を警備する警察車両が並び、警察が監視をする中、強風が吹けば吹き飛ばされそうな質素なビニールテントでの闘い、怒りが込み上げました。

その後、ソウル市街中心部の鐘路駅に移動、ホームプラスの現場を訪問。支部長がアピールされました。韓国で3本の指に入るディスカウントストアで、大半が40~50代の非正規の女性労働者、2013年に結成された労組です。企業買収で企業を高く売って儲け、労働者を解雇したことに対して、訪問したビルの22階で籠城闘争を続けている現場でした。

サンヨン自動車もそうでしたが、韓国資本・財閥が、金儲けのために好き放題労働者を解雇し路頭に放り出している現実…本当に生きるための闘いが激しく闘われている現場に接し、資本の悪辣さに心底からの怒りを感じました。

この韓国民主労総とともに、私たちの闘いも、資本と激突して闘う労働者の大隊列を生み出すために、日々奮闘する決意を新たにした訪韓闘争でした。11.1集会で民主労総ソウル地域本部ソンホンジュン事務処長が、会場全体に向かって「最後のひとりになっても闘う決意がありますか?!」と呼びかけましたが、その決意が、この大闘争を生み出していることを、改めて心に刻み、今後も闘っていく決意です。

↑チョンテイル像前でトゥジェン!

↑光化門前

↑光化門前のセウォル号被災者追悼で署名行動

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